ブランドストーリー

DariIndonesiaMendunia.
インドネシアから、世界へ。
バドミントン王国・インドネシアから生まれたブランド、Flypower。世界の頂点に立ったプレーヤーが、ある問いに自分で答えを出した。その答えが、いまあなたの手元に届いています。
ある問いから、
すべては始まった。
インドネシアは、バドミントンの王国です。何人もの世界王者を生んできました。シューズや繊維の工場も、国内に数えきれないほどあります。
それなのに、自分たちのブランドを立ち上げる人はいませんでした。世界で売られているのは、いつも他の国のブランドばかり。
— Hariyanto Arbi, Founder
そう問いかけたのが、Hariyanto Arbi(ハリヤント・アルビ)。1990年代、男子シングルスで世界の頂点に立ったプレーヤーです。2002年、彼はジャカルタの小さな店舗から、Flypowerを始めました。
彼の答えは、
3つだった。
商品の作り方も、売り方も、広げ方も。Flypowerは、創業者が選んだ3つの原則の上にずっと立っています。
足元から、はじめる。
Flypowerの最初の商品は、ラケットでもユニフォームでもありませんでした。
シューズです。
「すべては、足元から」。創業の哲学は、こうでした。地に足をつけて、現場のプレーヤーに認められたら、次の一歩へ。シューズが信頼を得て、アパレルへ。アパレルが受け入れられて、ラケットへ。一足ずつ、20年かけて、いまのラインアップになりました。
誇りを、
身にまとう。
ユニフォームのデザインに、ラケットのカラーに、パッケージの細部まで。Flypowerはバドミントンウェアにインドネシアの伝統文様「バティック」を取り入れた、最初のメーカーになりました。
これは装飾ではありません。誇りそのものです。
Dari Indonesia Mendunia——インドネシアから、世界へ。このビジョンに共感し、世界の頂点を経験したインドネシア代表選手たちが、引退後にFlypowerに加わってきました。リオデジャネイロ五輪・混合ダブルスで金メダルを獲得した Tontowi Ahmadと Liliyana Natsirも、そのなかにいます。
誰にでも、街から。
Flypowerは、特別な人のためのブランドではありません。
創業時から、ずっと変わらないこだわりがあります。子どもたちが、自分のお小遣いで買える価格にする。
インドネシアでは、豪華なモールには出店せず、街の小さなバドミントンショップから。広告は最小限にとどめ、選手たちの口コミで広げる。何年も時間はかかりましたが、これがFlypowerの選び続けている道です。
その価格と思想を、いま日本の皆さんにも、そのまま届けています。
道の途中で、
少しずつ。
創業から20年あまり。ジャカルタの小さな店舗から始まったFlypowerは、本社を3度拡張し、いまでは21か国に正規販売店を持つブランドになりました。世界の頂点を経験したインドネシア代表選手たちが、引退後にチームに加わってくれてもいます。けれど、私たちはまだ道の途中にいます。これからも、一足ずつ。
そして、日本へ。
カリマンタン島の
中学生たちが、
教えてくれました。
2013年の春、ひとりの日本人大学生が、インドネシア・カリマンタン島の片田舎、サンバスという町で過ごしていました。地元の人々と一緒にバドミントンをしていたとき、中学生も大人たちも、口を揃えてある国産ブランドの名前を教えてくれたのです。
それが、Flypowerでした。
「自分たちのブランドだ」「安いのに、すごくいい」「みんな使ってる」。誇らしげに、嬉しそうに。──これこそが、創業から11年、Hariyanto Arbiが始めようとしていたことそのものでした。足元から。誇りとして。誰にでも、街から。3つの答えは、本当に届くべき場所に届いていたのです。
それから7年後、2020年。3人の日本人が立ち上げた小さな代理店、Jalan Jalan(ジャラン・ジャラン/インドネシア語で「散歩」)が、Flypower Japan として日本での独占販売を始めました。
片田舎の中学生たちから始まった「散歩」は、いま日本のあなたのコートに続いています。
Bring Indonesia
to your court.
あなたのコートに、インドネシアを。
まずは1本、手に取ってみてください。